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名古屋地方裁判所 昭和55年(手ワ)320号 決定 1980年10月18日

原告 栄商事リース株式会社

右代表者代表取締役 山田菊弥

右訴訟代理人弁護士 奥嶋庄治郎

被告 有限会社 河野

右代表者代表取締役 河野正勝

主文

本件を大阪地方裁判所へ移送する。

理由

一  本件訴訟は、被告(振出人)(A)及び株式会社ヤマジン(土岐市駄知町一七五二番地)(B)、株式会社ニュートー(多治見市下沢町四丁目一一番地の一)(C)、山村恭平(尾張旭市東大道町原田二六〇三番地の一)(D)(以上三名は昭和五五年七月一一日取下)を共同被告として、約束手形金四〇〇万円及びその法定利息金の請求をなすものであるが、その請求の原因たる手形は、別紙目録記載のとおり主張せられている。

二  そこで管轄について検討する。

被告の住所(主たる事務所)は神戸市にあり、普通裁判籍を以ってしては当裁判所に管轄を認めることはできないし、手形の支払地は、いずれも大阪市であり、手形訴訟の裁判籍を以ってしても同様である。

三  原告訴訟代理人は、この場合、併合請求の裁判籍により、当裁判所に管轄を認めることが相当であると主張する。記録によれば、取下前の共同被告として前示山村が存し、同人の普通裁判籍は当裁判所の管轄に属するので、本件の場合に併合請求の裁判籍に関する民事訴訟法第二一条が適用せられるものとすれば、当然被告について当裁判所の管轄が存することとなる。

四  しかし、当裁判所は、管轄に関する各法条と同条とを総合的、調和的に解釈し、また管轄規定の指導原理の一たる公平の原則を勘案するときは、同条の適用は無制限でなく、一定の制限の下における併合(主観的併合)について適用せられるものと解する。即ち、手形上の記載によって、当該被告にとってその署名当時、共同被告となることが明確に把握し得る範囲においてのみ同条の適用があるものと解することが相当であって、例えば、当該被告に対する管轄が存しない場合であっても、同人にとって裏書前者(振出人、引受人を含む。)のうちの何人か、或いは自己の直接の後者(即ち自己の被裏書人)の普通裁判籍が存する裁判所に共同被告として訴が提起せられた場合には、同条により併合請求の裁判籍が認められる。蓋し、当該被告にとっては、手形の記載上、共同被告となり得るものを具体的に確知し得、且その者の普通裁判籍をも当然に了知し得るものであり、そのような立場において特段の留保なく署名した以上、公平の観念上、これに対しては併合請求の裁判籍を認めることが相当だからである。そしてその範囲内から外れる場合には、実体上、抗弁の制限等の不利益を受ける地位にあるとはいえ、手続上、管轄についてまで不利益を強いられるべきいわれはなく、従って同条の適用は及ばないものと解することが相当である。(このように解さないと、手形所持人において、最終裏書人として自己の欲する管轄地の一名を作出して形式上共同被告とすることにより、易々と管轄の規定を潜脱することを許す結果となり得る。なお後示七参照。)

五  本件についてこれを見れば、被告は、以上の要件に当はまる範囲内に存せず、従って当裁判所の管轄に属しないこととなる。

六  これに対しては、そのようにいうと、併合請求する場合、管轄がバラバラになって不都合であり、訴訟経済上も好ましくない上、固有必要的共同訴訟においては、訴提起の途をふさぐことにもなり兼ねない、という意見がある。しかし、手形においては、「支払地」による共通の管轄、前示手形関係人のうちの前者による管轄を認めることができ、特段の不都合を生じない。(なお実質関係を理由とする場合には、その観点から同条の適否を判断することとなる。)

七  また、手形は、転々流通し得べきものであるから、自己の裏書後者によって併合請求の裁判籍を認められることをも受容しているものと解せられ、殊更不利益を及ぼすものではないとすることが相当である、との反論があり得るかもしれない。

この見解は、当該署名者の意思(受容)に根拠を求めるものと思われるが、同じく当事者の意思によることとされる合意管轄につき、すべての裁判所に管轄を認める合意は無効と解されている法意、或いは現在不特定でも将来特定し得べきものも許されるが、その場合においても、明示性を要求され、「手形の表面に、本件に関する裁判管轄は本件債権者の住所地を管轄する裁判所たるべきことを合意するとあり、裏面に表面但書の特約を承認するとの文句附記してあるときに、合意成立したものと認められる」(大判大一〇・三・一五、民録二七―四三五以下参照)ように、単に手形上の署名(振出、裏書)のみで、白紙委任的な管轄を認められるわけではないとされている精神に照せば、当該署名により、意思解釈を根拠として、一般的、包括的に当然の管轄権を附与すると同様の効果を来す解釈をとる(併合請求の管轄との名目の下に)ことは、実質的に当該被告の管轄の利益を奪い、著しく公平を害するから許されないと解することが妥当である。

八  そうすると、その他、当裁判所に管轄の存すべき事由について主張立証のない本件では、当裁判所に管轄はなく、管轄裁判所たる大阪地方裁判所へ移送することとし、よって主文のとおり決定する。

(裁判官 寺本嘉弘)

<以下省略>

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